重さ: 17.81g
品位: 金564/銀436
元禄小判金は、手変わり※、保存状態、真贋、付属品の有無によって買取価格が大きく変わる金貨です。
品位は金564/銀436、量目は17.81gで、金の品位を下げて発行量を増やした元禄の改鋳を象徴する小判です。
一般的な元禄小判金でも高額になり得ますが、「短元」や「偶然大吉」のような希少な手変わりは、収集性が加わり査定額を左右します。
目次
元禄小判金の価値と買取価格が決まるポイント
元禄小判金の価値は、金の地金価値だけでは決まりません。
手変わり、保存状態、極印の状態、真贋、鑑定書や箱の有無を総合して評価します。
特に、摩耗、磨き、傷、洗浄跡は減額につながることがあります。
価値を保つため、自己判断で磨いたり、試金石で削ったりしないでください。
真贋や手変わりの判定には、重量だけでなく、極印、花押、ござ目、地金の状態をあわせて確認します。
17.81gという量目だけでは本物と断定できないため、高額な元禄小判金は古銭専門の鑑定士に確認を依頼することが大切です。
価値が上がりやすい元禄小判金の手変わり
元禄小判金では、裏面の時代印や験極印の違いが、手変わりとして評価されます。
手変わりは一般品より流通数が限られるため、状態が良いほど希少性が査定に反映されます。
短元と長元の違い
裏面の時代印「元」の4画目の跳ねが短いものを短元、長いものを長元と呼びます。

短元は長元よりも希少とされ、価値が高い傾向があります。
長元と短元は「元」の字だけでなく、花押印にも違いが見られるため、鑑定では両方を確認します。
偶然大吉
験極印のうち「大」と「吉」が組み合わさるものは、偶然大吉と呼ばれます。
偶然大吉は縁起物としての収集需要もあり、通常品と区別して評価します。

後年には、贈答用や褒賞用として意図的に作られた献上大吉もあります。
元禄小判金の偶然大吉は、意図的に組み合わせたものではなく、製造時に偶然生じた組み合わせとされます。
元禄小判金とは?基本情報と見分け方
元禄小判金は、1695年(元禄8年)に始まった元禄の改鋳で発行された1両金貨です。
慶長小判金とほぼ同じ量目を保ちながら、金の品位を大きく下げた点が最大の特徴です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 発行開始 | 1695年(元禄8年) |
| 鋳造期間 | 1695年〜1710年 |
| 額面 | 1両 |
| 量目 | 17.81g |
| 品位 | 金564/銀436 |
| 金含有量 | 10.04g |
| 鋳造量 | 13,936,220両 |
表面には桐紋、額面を示す「壹兩」、金座後藤家の光次の花押、ござ目が見られます。
裏面には花押、験極印、時代印の「元」が打たれています。
時代印「元」の字形と験極印は、元禄小判金の種類を見分ける重要な鑑定ポイントです。

小判金の発行順、全種類、品位や量目の比較は、種類一覧で確認できます。
元禄小判金を作った人は誰?荻原重秀と徳川綱吉

元禄小判金の改鋳を主導した人物は、5代将軍・徳川綱吉に仕えた荻原重秀です。
荻原重秀は勘定奉行として幕府財政に関わり、貨幣の流通量を増やし、改鋳益を財政に充てる政策を進めました。
元禄小判金は将軍が直接鋳造した貨幣ではなく、幕府の政策として金座で製造されたものです。
徳川綱吉の時代に、荻原重秀が財政・通貨政策を担い、元禄の改鋳を主導したという役割分担を押さえると理解しやすくなります。
荻原重秀の経歴
荻原重秀は1658年に生まれ、幕府の勘定方で経験を重ねた人物です。
1687年に勘定吟味役の前身にあたる勘定頭差添役となり、1696年には勘定奉行へ進みました。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1658年 | 江戸で生まれる |
| 1674年 | 勘定衆に加わる |
| 1687年 | 勘定頭差添役となる |
| 1695年 | 元禄の改鋳を建議し、実施を主導 |
| 1696年 | 勘定奉行に就任 |
| 1712年 | 勘定奉行を罷免される |
| 1713年 | 死去 |
改鋳を主導した勘定奉行としての評価
荻原重秀は、貨幣の流通量を増やして幕府財政を支えるため、元禄金銀の改鋳を進めました。
改鋳は短期的に幕府の財政収入を増やした一方、貨幣の品位低下と物価上昇を招いたため、当時から強い批判も受けました。
6代将軍・徳川家宣の時代にも勘定奉行を務めましたが、1712年に罷免され、翌1713年に亡くなりました。
荻原重秀は、元禄小判金の発行を単独で決めた人物ではなく、幕府の財政政策を実務面から動かした中心人物として理解するのが適切です。
元禄小判金はなぜ作られた?改鋳とインフレの背景
元禄小判金は、幕府財政の立て直しと貨幣流通量の確保を目的に作られました。
慶長小判金より金の含有率を下げ、同じ量目の小判をより多く発行できるようにしたことが、元禄の改鋳の要点です。

金貨・銀貨の質を落として貨幣の数量を増やし、幕府の財政難を切りぬけようとしましたが、物価が上がって人々を苦しめる結果となりました。
出典:造幣局「日本の貨幣の歴史」
改鋳によって流通量を増やせた一方、貨幣に含まれる金の量が減ったことで、物価上昇を招きました。
金品位の高い慶長小判金を手元に残し、金品位の低い元禄小判金を使う動きが起きたことは、「悪貨は良貨を駆逐する」と説明される現象の一例です。
公定相場は金1両=銀60匁=銭4,000文へ変更
元禄の改鋳後、1700年(元禄13年)に幕府は金・銀・銭の公定相場を改定しました。
金1両は銀60匁、銭4,000文と定められ、慶長14年(1609年)の金1両=銀50匁=銭4,000文から、銀との交換比率が変更されました。
| 時期 | 金1両の公定相場 |
|---|---|
| 1609年(慶長14年) | 銀50匁=銭4,000文 |
| 1700年(元禄13年) | 銀60匁=銭4,000文 |
公定相場は幕府が定めた基準であり、市場の交換比率は日々変動しました。
品位を下げた改鋳、金銀の実勢相場、物価の変化が重なったことが、元禄期の貨幣事情を複雑にした要因です。
元禄小判金の真贋を確認する方法
元禄小判金は高額で取引されるため、真贋の確認が欠かせません。
自己判断で傷を付けず、次の点を確認してください。
- 量目と厚み
- 極印と花押の形状
- ござ目の不規則さ
- 地金の色調と製造痕
- 鑑定書と来歴
磁石への反応だけでは、すべての偽物を見分けられません。
真贋は複数の鑑定要素を組み合わせて判断するため、少しでも違和感があれば古銭専門店へ相談してください。
表面の極印を確認する
表面には上下の桐紋、「壹兩」、光次の花押が打たれています。
極印の位置や字形に不自然さがないかを確認します。

ござ目の状態を確認する
ござ目は、たがねで手作業により刻まれた横縞模様です。
不自然に均一なござ目や、表面の加工痕は真贋確認で注意する点です。

裏面の極印を確認する
裏面には中央の花押、左下の験極印、時代印「元」があります。
手変わりを確認するときも、刻印の組み合わせと状態を見ます。

小判金の種類一覧表
小判金の各種類と買取価格ページは、次の一覧から確認できます。
| 名称 | 鋳造時期(年) | 品位 | 量目 |
|---|---|---|---|
| 慶長小判金 | 1601~1695 | 金857/銀143 | 17.73g |
| 元禄小判金 | 1695~1710 | 金564/4銀36 | 17.81g |
| 宝永小判金 | 1710~1714 | 金834/銀166 | 9.34g |
| 正徳小判金 | 1714 | 金857/銀143 | 17.72g |
| 享保小判金 | 1714~1736 | 金861/銀139 | 17.78g |
| 佐渡小判金 | - | - | - |
| 元文小判金 | 1736~1818 | 金653/銀347 | 13.00g |
| 文政小判金 | 1819~1828 | 金559/銀441 | 13.07g |
| 天保五両判金 | 1837~1843 | 金842/銀158 | 33.75g |
| 天保小判金 | 1837~1858 | 金568/銀432 | 11.20g |
| 安政小判金 | 1859 | 金570/銀430 | 8.97g |
| 万延小判金 | 1860~1867 | 金574/銀426 | 3.30g |
元禄小判金に関するよくある質問
元禄小判金の価値は何で決まりますか?
短元や偶然大吉のような希少な手変わりは、通常品より高く評価されることがあります。
元禄小判金を作った人は誰ですか?
元禄小判金は幕府の政策として金座で製造されました。
元禄小判金の重さと金の含有率は?
金の含有量は約10gが目安ですが、真贋は重量だけで断定せず、極印や花押なども確認します。
元禄小判金はなぜ作られたのですか?
元禄の改鋳は、物価上昇を招く要因にもなりました。
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- 小判の価値































