昔の5,000円札に価値はある? 5,000円札の人物は? 歴代5,000円札についてまとめました!

一番古い5,000円札って、どんなものですか?

一番最初に発行された5,000円札は聖徳太子5,000円札です。
5,000円札は2024年発行の新券も含めると、全部で4種類存在します。

そうなんですか。では歴代5,000円札で額面の価値になるものはありますか。

ございます。5,000円以上の価値になる紙幣もあるんです!
鑑定士が、歴代の5,000円札についてお教えいたします。

[監修/執筆:増田 英明

歴代5,000円札とその価値について

ここでは、今までに発行された歴代5,000円札の基本情報と価値をお伝えします。

5,000円札をお釣りでもらうと、使い勝手の良い1,000円札に崩したくなりませんか。
そんな嫌厭されることもある5,000円札ですが、実は、今の5,000円札(樋口一葉)で3代目なんです。
2024年には、他の額面の紙幣と一緒に改刷されることも決まっています。

それでは順番に、5,000円札について見ていきましょう。

日本銀行券C号五千円(聖徳太子5,000円)

聖徳太子5000円

  • 発行年:1957(昭和32)年
  • 大きさ:80mm×169mm
  • 発行枚数:22億1,900万枚
  • 銘版:大蔵省印刷局製造
  • 図案:聖徳太子/日本銀行

日本初の5,000円札は聖徳太子を肖像に採用し、1957(昭和32)年に発行されました。
1986(昭和61)年に発行停止となっていますが、今でも使用することのできる紙幣です。
以前は昔の5,000円札といえば、この聖徳太子5,000円札のことでした。ですが令和の時代では、このお札を知らない人の方が多いかもしれません。

聖徳太子5,000円札は、日本銀行券C号と呼ばれるシリーズになります。
C号券には5,000円札の他に岩倉具視新500円伊藤博文1,000円札聖徳太子10,000円札になります。

これらの紙幣は同時期に発行されず、まずは5,000円札から発行されました。
まだ戦後間もない日本では、10,000円という額面は現在の何十万円もの価値がありました。
そのため高額紙幣発行に対する国民の抵抗をやわらげるための措置だったとも言われています。

紙幣のデザインは、表面が聖徳太子の肖像、裏面は日本銀行が描かれております。
聖徳太子が肖像に採用されたお札は、古くは100円札、そして5,000円札よりも前に発行されたB号券(1,000円札)が存在します。
そのいずれも裏面は法隆寺(1,000円札は法隆寺にある夢殿)が採用されています。しかし5,000円札には日本銀行が採用されました。

表面の聖徳太子の肖像は、紙幣の真ん中に配置されています。同じく聖徳太子を採用していた3次100円札でも、肖像が真ん中にあるデザインが見られます。
紙幣は二つ折りにされることが多いため、真ん中を避けて左右に配置されるのが通常です。
ですがC号券では10,000円でも聖徳太子が採用されており、一目で違いがわかるようにする必要があったため、やむなく真ん中に配置されたと考えられています。
またアルファベットと数字の組み合わせから成る記番号が4箇所に配置されています。通常は左上と右下の2箇所ですが、紙幣サイズが大きいため、4箇所に配置されたそうです。

▶︎参考:日本銀行「お札に印刷されているアルファベットと数字は何ですか?」

裏面の日本銀行の図案は、伊藤博文1,000円札のものとほぼ同じ図案になっています。
ですがよく見てみると、いくつか違うところがあるんです。一番わかりやすいのは、左側建物の通信用アンテナの位置です。
そのほか前庭の樹木や建物の窓の様子も異なるそうですが、一目見ただけでは気づかないほどの差異です。

聖徳太子の5,000円札は発行枚数も多いため、価値は額面通りです。
市中ではコレクションをしている方向けに、若干額面を上回る価格で販売されていることもあります。
ですが、記番号に特徴のある珍番と呼ばれるものは何倍もの価値になります。
特に聖徳太子5,000円札のゾロ目は、状態や番号の組み合わせによっては10万円を超えることもあります。
また初期製造のもの(記番号のアルファベットが1桁のもの)ですと、珍番以外でも額面以上にはなることもあるようです。

聖徳太子って、どんな人物?

聖徳太子といえば、古代日本史における重要な役割を果たした人物、として記憶されている方も多いと思います。
その功績も十七条憲法や冠位十二階を制定したとか、遣隋使を派遣したとか、10人の言葉を同時に聞き分けることができた…などなど、枚挙にいとまがありません。
ですが、現在では聖徳太子の功績や存在については疑問視されているそうです。

そんな聖徳太子にまつわる話題は、こちらの1,000円札記事で詳しくお伝えしています。
ご興味ある方は、ぜひこちらをご覧ください。

聖徳太子が5,000円札の顔に選ばれた理由は?

聖徳太子が5,000円の顔に選ばれた理由ですが、詳細はわかっていません。
その功績、国民への認知度など、総合的に判断された結果であると考えられます。

ですが一説には、候補者の中から一番無難だったので選ばれた、なんて言われています。
他の候補者には明治天皇や藤原鎌足(縦書き20円改正兌換券200円札で採用)などが挙げられていたそうです。
天皇を肖像を紙幣にすることはタブーであったし、昔の偉人では古臭いなど、どの候補を採用するにしても色々と異論があったようです。ですので10,000円札も含めて、国民から納得が得やすい聖徳太子が採用されたのだとか。
確かに聖徳太子は、紙幣の肖像として採用実績が多く、国民的知名度も高かったため、当時としては納得のいくものだったと思われます。

日本銀行券D号五千円(新渡戸稲造5,000円)

新渡戸稲造5000円

  • 発行年:1984(昭和59)年
  • 大きさ:76mm×155mm
  • 発行枚数:23億8,560万枚[黒]/20億1,420万枚[褐・大蔵省]/5億3,100万枚[褐・財務省]/7,420万枚[褐・国立]/
  • 銘版:大蔵省印刷局製造/財務省印刷局製造/国立印刷局製造
  • 図案:新渡戸稲造/富士山(逆さ富士)

新渡戸稲造の5,000円札は、1984(昭和59)年に発行されました。
2007(平成19)年に発行停止となっていますが、現在も使用することのできる5,000円札です。
発行停止から15年以上が経過しているため、市中で見かけることはなくなりました。そのため古い5,000円札というと、こちらを思い浮かべる方も多いと思います。

昭和56〜57年にかけて、聖徳太子5,000円の精巧なニセ札が市中に出回ったそうです。しかも他の額面でもニセ札が出回っており、偽造対策が急務となっていました。ちなみに聖徳太子5,000円の精巧なニセ札は、捜査機関に押収されて「利—17号」という番号が付けられたそうです。
国は偽造対策を急ピッチで進め、1984(昭和59)年、最新の偽造対策を施した改刷が行われることになりました。それがこの新渡戸稲造5,000円札です。

新渡戸稲造5,000円札は、日本銀行券D号という券種になります。
同時期に発行されたのは夏目漱石1,000円札福沢諭吉10,000円札です。ちなみに500円札は1982(昭和57)年から硬貨が発行されたため、改刷対象からはずれ新券は発行されていません。

D号券の特徴は、紙幣の肖像に初めて文化人が採用されたことです。今までは武人や政治家を採用するのが通例でしたが、国際的にも文化人を肖像に採用する流れも踏まえ、5,000円札には新渡戸稲造が採用されました。

紙幣のデザインは表面が新渡戸稲造の肖像、そして太平洋を中心にした地球儀が描かれています。太平洋の地球儀が採用されたのは、新渡戸稲造の「願わくは、われ太平洋の橋とならん」という言葉にちなんだものだそうです。
裏面には、最も美しい富士山とも言われる「逆さ富士」が描かれています。この逆さ富士は山梨県側から見たもので、本栖湖畔で撮影された写真(岡田紅陽「湖畔の春」)が基になっています。ちなみに逆さ富士の図案は、野口英世1,000円札と同じものです。
またこの5,000円札では中央に額面、左側に透かしが配置されています。一般的な紙幣では、額面が左、透かしは中央に配置されています。額面と透かしの位置が逆になっているのもデザインの特徴です。

新渡戸稲造5,000円札は記番号(アルファベットと数字の組み合わせ)の刷色が2種類(黒色と褐色)存在するのも特徴です。記番号の刷色は1993(平成5)年からは褐色に変更されました。
記番号は割り振り(A000001A〜ZZ900000Zまで129億6,000万通)が一巡するとA000001Aに戻り、刷色が変更されるというルールになっています。
ですが新渡戸稲造5,000円札は23億枚程度で刷色が変更されています。番号が一巡しないまま刷色が変更されたのは、なぜでしょうか。

1990年代といえば、デジタル技術の進歩によりコピー機の性能や画像処理の技術などが飛躍的に高まりました。そしてそれまでは高額だったパソコンが、個人でも手に入るような時代になり、生活の中にもコンピュータが浸透し始めた頃です。
ですが、こうした技術の向上は、偽造技術の向上ももたらしました。そのため偽造が安易となり、対策が緊急の課題となっていました。
偽造対策には新券を発行するという方法があります。しかし全面的な改刷には、多大な時間とコストがかかります。ですので改刷ではなく、現行の紙幣に偽造防止のためのマイナーチェンジを施すこととなりました。それと同時に、記番号の刷色が変更されたそうです。
つまり新渡戸稲造5,000円札の記番号の刷色が違うのは、紙幣の仕様を一部変更し偽造対策を施したことが理由だったんですね。

新渡戸稲造の5,000円札は発行枚数も多く、最近の紙幣ですので価値は額面通り5,000円です。
記番号に特徴のある珍番でなければ、プレミアはつきません。

新渡戸稲造って、どんな人物?

新渡戸稲造は1862(文久2)年、盛岡藩(現在の岩手県)で、武士の家系に生まれました。
幕末から昭和にかけて日本の近代化に尽力した偉人の一人です。
ドイツへ留学して農政学を学んだ後、東大教授、東京女子大学長などを歴任。大正9年には、国際連盟の事務局次長まで務めました。その後も日本と各国を行き来しながら、徐々に国際社会から孤立を深める日本の立場を訴え続けました。
1933(昭和8)年、カナダで開催されていた太平洋問題調査会会議に出席した後に倒れ、そのまま回復することなく亡くなりました。

新渡戸稲造の著作に、世界的にも有名な『武士道』があります。
日本人はキリスト教という信仰は持たないけれども、強い道徳思想と倫理観を持っており、その根本には「武士道」がある。この「武士道」の内容を西洋人に向けて分かりやすく解説した書物になります。
『武士道』は1900年、アメリカで出版されました。『武士道』は日本で出版されたものを翻訳したのではなく、最初から海外に向けたものだったんですね。

『武士道』発表直後の1904年、日本が大国ロシアを相手に戦争を挑んだ日露戦争が勃発し、日本への関心が高まっていた頃でした。そのため新渡戸稲造の『武士道』はドイツ語やフランス語をはじめ、ポーランド語、イタリア語、スペイン語など各国の言葉に翻訳されていきました。

新渡戸稲造が5,000円札の顔に選ばれた理由は?

新渡戸稲造は江戸から昭和という激変する時代の中で、日本と諸外国との架け橋であろうとした人物の一人です。
アジアの端に位置する、近代化間もない日本という国を世界に広く伝えようとした新渡戸稲造の功績は、素晴らしいものです。

D券の肖像の選定段階では、採用された3名のほか、森鷗外、芥川龍之介、樋口一葉(現行の5,000円札)、北里柴三郎(2024年新1,000円札)など、多くの文化人が候補に挙がっていたそうです。
この候補者の中から「品性・国際性・著名度」という基準に従って選考した結果、5,000円札は新渡戸稲造に決定しました。

世界的な著作があり、自身も国際連盟の事務局次長として活躍した国際人でもあった新渡戸稲造。まさに高額額面にふさわしい人物であったと言えます。

日本銀行券E号5,000円(樋口一葉5,000円)

樋口一葉5000円

  • 発行年:2004(平成16)年
  • 大きさ:76mm×156mm
  • 発行枚数:[黒]/[褐]
  • 銘版:国立印刷局製造
  • 図案:樋口一葉/燕子花図(尾形光琳)

新渡戸稲造に代わって日本初の女性が肖像となった樋口一葉5,000円札は、2004年11月1日から発行されました。
すでに2022年9月に新規製造は終了し、2024年の新券発行に伴い発行停止になる予定です。
今使われている紙幣ではありますが、新5,000円札が発行されると旧5,000円札と呼ばれ区別されることになります。

樋口一葉5,000円札は、日本銀行券E号というシリーズになります。
同時期に発行された紙幣は野口英世1,000円札福沢諭吉10,000円札です。福沢諭吉はD号券に引き続いての採用となっています。

紙幣の図案ですが表面は樋口一葉の肖像、裏面には尾形光琳作の燕子花(かきつばた)図が採用しています。
裏面の燕子花図は、国宝に指定されている図屏風画です。この図屏風を描いた尾形光琳とは江戸時代の人で、日本を代表する画家です。燕子花図は尾形光琳の代表作で、後世の画家達もこの画風を参考にするほどの影響を与えました。

また紙幣は2014(平成26)年、偽造対策を含めたマイナーチェンジが施されました。その際に記番号の刷色が黒から褐色に変更されています。
この時の変更で紙幣表面のホログラム部分が楕円から長方形になりました。これは特に視覚障害者を意識した変更で、同じくホログラムを採用していた10,000円券との区別が容易になったそうです。

樋口一葉の5,000円札は流通量の多い現行紙幣ですので、その価値は額面です。
もちろん記番号に特徴のある珍番であればプレミアがつきます。また記番号の刷色によっては価値が変わってきます。
そしてA-A券(左右のアルファベットが同じ)であれば、ゾロ目やキリのいい番号でなくとも、プレミアはつくようです。

樋口一葉って、どんな人物?

樋口一葉は明治時代に活躍した小説家・歌人であり、1872(明治5)年に生まれました。
父親が官吏で不動産や金融業に携わっていたこともあり、幼少期は不自由なく過ごしていたと言われています。

樋口一葉は11歳の時に首席で小学高等科を卒業し、14歳の時には「萩の舎」という塾に入門したそうです。しかし父親の事業失敗と死去という不幸が相次ぎ、17歳の時には一家を背負って立たなければならなくなりました。
萩の舎を辞めてからはさまざまな内職仕事をするものの、借金や質屋通いなど苦難を強いられる生活だったようです。

そこで樋口一葉が目をつけたのが、小説の原稿料による収入でした。
ですがいくつかの作品を発表するものの、暮らし向きを改善するには至らず、他に雑貨店を経営したりしたそうです。
そんな中、代表作である『たけくらべ』を発表すると状況は一変します。続けて『大つごもり』『十三夜』といった名作を発表し、1年余りで一気に名声を高めました。

一躍有名作家となった樋口一葉でしたが、その頃には結核に感染し、回復が困難な状況にありました。
結核といえば、今でこそ治療薬も存在しますが、当時は不治の病とされる恐ろしい病気でした。治療方法はがないため、感染した場合、隔離と療養を行うぐらいしか対処はありませんでした。また樋口一葉と同じ頃、俳人である正岡子規も結核に罹患しています。
樋口一葉が結核から回復することはなく、1896(明治29)年、24歳と6か月という若さで亡くなってしまいました。

樋口一葉が5,000円札の顔に選ばれた理由は?

樋口一葉は、男尊女卑の強かった時代に作家としての地位を築き上げた女性です。
女性が学校へ行くことや、自分の望むような選択をすることは、現代からは想像できないほどに難しい時代背景でした。
とはいえ令和の現在でも、諸外国に比べて日本では女性の社会進出がまだまだ進んでいないのが現状です。
樋口一葉が紙幣の顔に選ばれたのは、一層の女性活躍を進めていくという意志の現れなのかもしれません。

ちなみに肖像の元となっているものは、東京都台東区にある「一葉記念館」の収められている肖像画です。ここの肖像画が、一般に樋口一葉として知られている姿だそうです。

なお財務省のWebサイトに、樋口一葉の採用理由が掲載されています。
▶︎財務省「紙幣の図柄について、図柄の意味と、その図柄を採用した理由を教えてください

新日本銀行券五千円(津田梅子5,000円)

津田梅子5,000円

  • 発行年:2024(令和6)年予定
  • 大きさ:76mm×156mm
  • 発行枚数:未定
  • 銘版:国立印刷局製造
  • 図案:津田梅子/藤の花

最新の偽造対策を施した新しい5,000円札は、2024年(日付不明)に発行予定です。
この新しい5,000円札はF号券とされる予定で、他の額面の紙幣も北里柴三郎1,000円札、渋沢栄一10,000円札へと同時に改刷されます。

新紙幣のデザインには、表面には津田梅子の肖像、裏面には藤の花が採用される予定です。
表面は女性で裏面が花という構成は、先の樋口一葉5,000円札を踏襲しています。

表面の肖像である津田梅子は、津田塾大学の元となる女子英学塾を開き女性の高等教育に尽力した人物です。
肖像の元となっているのは、津田梅子資料館に収納されている女子英学塾を開校した36歳当時の写真で、若干の修正が加えられているそうです。

裏面に採用予定の藤の花は古事記や万葉集にも登場する、古来から親しまれてきた日本の固有種です。
図案の藤の花は大阪市福島区にある「野田藤」がモデルになっています。江戸時代の頃には日本三大名所として「吉野の桜(奈良県)」、「高雄の紅葉(京都府)」と並んで賑わっていたそうです。現代では日本三大名藤として、今なお多くの観光客で賑わっています。
ちなみに日本三大名藤とは「牛島の藤」(埼玉県)、「春日野の藤」(奈良県)に「野田藤」をあわせた三か所の藤の花のことを指すそうです。

また津田梅子5,000円札には、様々な偽造防止対策が施されています。
ホログラムが縦長のストライプに変更され、この中に3D立体像の津田梅子が描かれています。このホログラム像は見る角度を変えることで、顔の向きが変わるそうです。
しかしコストがかかるため、ホログラムは10,000円と5,000円のみの採用となるそうです。

津田梅子5,000円札は、大量に準備をしてからの発行になると思われます。ですので価値は額面通りと予想できます。
もちろん初期番号、珍番にはプレミアがつくでしょうし、発行されて間もないうちは珍しさから短期的にも価値が上がるかもしれません。
新しい5,000円札が発行されたら、古い5,000円札を交換してもらいに銀行へ足を運ぶ方は多そうですね。

津田梅子って、どんな人物?

津田梅子は、近代化間もない日本で女子教育にその生涯をささげた女性です。
1864(江戸時代、文久4)年、津田梅子は現在の東京都新宿区で生まれました。この年は禁門の変(蛤御門の変)と呼ばれる長州藩による政変のあった年で、日本は未だ幕末の混乱期にあった時代です。

彼女の転機は、当時募集の出ていた女子留学生事業に採用されたことで訪れました。
わずか6歳という若さで「岩倉使節団」の一員としてアメリカへ留学することになったのです。
津田梅子は父親に対し、留学の応募を自ら志願したという逸話が残っています。
ちなみに父親(津田仙)は当時幕府外国奉行通弁(いわゆる通訳の仕事)に関わっていたそうです。留学に興味を持ったことは、父親の影響もあったのかもしれませんね。

津田梅子は1872年に渡米し、1882年までの約11年間を過ごすことになりました。
1873年にはフィラデルフィア近郊の教会でキリスト教の洗礼を受けています。その後に初等教育を終え、私立の女学校でフランス語やラテン語を学びます。
留学は1881年まででしたが本人の希望で1年間延長され、翌年日本に帰国しました。
ちなみに幼い頃からアメリカで過ごしたため、帰国した時には日本語を完全に忘れていたそうです。

帰国後は1885年に華族女学校(現在の学習院女子大学)の英語教師に就任します。その後もアメリカやイギリスに留学し、活発に活動を続けました。その中で「女性の地位向上のためには専門的な知識、学問が必要不可欠」という思いを強くしたようです。
そして1990年、多くの人に助けられながら、念願であった女子英学塾を創設します。
この塾の教育は当時の一般的な女子教育と異なり、ハイレベルなところが評判となりました。一方厳しい授業だったため、開校当時は辞めてしまう生徒も多かったとか。

津田梅子はその後も女子教育のために尽力し、1929(昭和4)年に62歳で亡くなりました。
女子英学塾は津田梅子の死後、その功績を記念し津田英学塾と名が改められ、現在は津田塾大学となっています。

津田梅子が5,000円札の顔に選ばれた理由は?

これまでお伝えしたように、津田梅子は日本の女子高等教育の草分け的な存在です。
女子英学塾を創設し、生涯にわたって女子教育に尽力された功績が評価されたと考えられます。

またE号券では、貧困や苦難の中から優れた業績を残した人物が採用されていました。
これに対し新券では、当初から豊かで革新的な業績を残した文化人を採用することで、現在の低迷した状況からの脱却を期待したい、という思いもあるとか。

しかも津田梅子は、E号券改刷の時にも肖像候補として名前が挙がっていました。
そのため肖像への採用はすんなり決まったと言われています。

新券が発行された後、財務省のHPに理由が掲載されるのではないか、と思われます。

価値のある5,000円札は?

ここまで歴代の5,000円札の情報と価値についてお伝えしました。
これまでの情報をまとめると、このようになります。

  • 聖徳太子、新渡戸稲造、樋口一葉5,000円札は額面通りの価値

5,000円札はほとんどのものが額面通りの価値である、ということになりました。

ですが同じ5,000円札でも、価値が何倍にもアップするものが存在するんです。
それがゾロ目やキリ番など珍番と呼ばれる、記番号の組み合わせが特徴的な紙幣です。

ここからは、価値のある5,000円札の種類や相場をお伝えしていきます。

5,000円札【珍番】

まずは誰が見てもわかりやすい、珍番から紹介します。
それぞれ、例として一種類だけ取り上げています。
ここに掲載のない珍番の買取価格は、買取価格表をご覧ください。

ゾロ目

聖徳太子5,000円札の場合
5000円札聖徳太子ゾロ目

本日の買取価格

  • 【1・7】60,000円
  • 【1・7以外】30,000円
    ※状態・組合せによる

6桁のアラビア数字が、6桁とも同じものがゾロ目です。1〜8まで存在します。
ゾロ目のうち、1と7のものが高値になる傾向があります。
またアルファベットとの組み合わせによっては、さらに価値が高くなります。
なお6桁のうち数桁だけが揃っているものは、コレクター市場では価値のないものになります。

キリ番

新渡戸稲造5,000円札の場合
5000円札新渡戸稲造キリ番

本日の買取価格

  • 【000001】12,000円
  • 【900000】10,000円
    ※状態・組合せによる

キリ番とは、6桁の数字が000001のようにキリの良い並びになっているものです。
特に000001と900000の並びですと価値が高いです
またアルファベットとの組み合わせによっては、より高額になる可能性があります。
200000、400000などのものも、キリ番としての価値があります。
このほか9zと呼ばれる末尾が9、アルファベットがzの組み合せも、市中では若干の価値があるようです。

階段

樋口一葉5,000円札の場合
5000円札樋口階段

本日の買取価格

  • 【123456】12,000円
  • 【654321】10,000円
    ※状態・組合せによる

階段とは数字の123456のように、まるで階段のように数字が1づつ上がっていくため、階段と呼ばれています。
654321のように、数字が低くなっていくものは逆階段と呼ばれています。
階段の並びは123456、また逆階段は654321の並びが価値が高いものです。
また876543のようなものも、若干プレミアがつくようです。
ちなみに聖徳太子5,000円札の階段は発行時期から年月が経っていることもあり、他の紙幣に比べて価値は高くなっています。

左右対称

新渡戸稲造5,000円札の場合
5000円札新渡戸AA

本日の買取価格

    • 【A-A】12,000円

※状態・組合せによる

記番号の数字を囲むアルファベットが同じものを左右対称といいます。例えばA000000Aとなっているものです。
左右対称はA-A券(A000000A)のもの、あるいはAA-A券(AA000000A)のものが人気があり、価値があります。
特にゾロ目と一緒になったものが市場ではよく見られ、価値は数倍以上になります。
他の珍番との組み合わせでなくとも、鑑定専門機関のケースに入っているものや記番号の刷色によってはプレミアがつきます。

5,000円札【見本券】

新渡戸見本券

聖徳太子見本券

紙幣を発行するにあたり、事前に仕様を伝える必要性があります。その見本として市中の銀行やメディアなどに配られるのが見本券です。
漢字の「見本」パンチ穴が開けられ、見本の印もされています。これなら使用できないものだと一目で分かりますよね。
なぜ見本券が市中で見られるのかは分かっていませんが、コレクター人気の高いアイテムです。
5,000円見本券ですが、聖徳太子は30万円以上、新渡戸稲造は20万円以上で取引されたことがあります。

一番高い5,000円札はどのぐらい?

ここまで5,000円札のうち、価値の高いものを紹介してきました。
ところで5,000円札って、高いものでどれぐらいの価値があるのか気になりませんか?
ここでは高い価値のついた紙幣をご紹介します!

樋口5000円札高値

こちらのものは樋口一葉5,000円札のA-A券、8のゾロ目、記番号は褐色のものです。
過去、80万円という値段がついたそうです。なんと額面の160倍です。

次にご紹介するものは、同じく樋口一葉5,000円札のものです。
紙幣単体ではないですが、100万円を超える価値を持つものです。

樋口5000円札高値

こちらは樋口一葉5,000円札、100枚連番になった帯封と呼ばれるものです。
こちらは100枚で290万円となったそうです。約6倍のプレミア価格ですね。

一番上の番号はA000100Aとなっています。A-A券ですね。
それ以外に高い価値がつく理由があります。
実はこの帯封の一番下にあるものは、A000001Aなんです。
帯封は100枚の連番でまとめられています。若い番号は一番下にあります。ですので一番下にある数字は「000001」だと推測できます。
2つの珍番が合わさり、連番で、しかも状態もよいものですので、このような値段がついたのだと思われます。

5,000円札はどうするのがいい?

以上、歴代の5,000円札について、肖像の人物や価値について詳しくお伝えしました。
ではここで5,000円札の価値についてまとめておきます。

  • 聖徳太子、新渡戸稲造、樋口一葉5,000円札は額面通りの価値
  • 価値が高い5,000円札は、記番号に特徴ある珍番の紙幣

残念ながら、私たちが普段目にする5,000円札のほとんどが額面通りの価値になります。
昔の5,000円札でも、ただ古いだけでは価値あるものではありません。

価値の高い5,000円札ですが、今回ご紹介した珍番号以外に、エラー紙幣というものがあります。
エラー紙幣とは製造工程に起因するミスが発生した状態の紙幣で、通常は廃棄されるものです。ですが、何らかの事情で市中に出回ったものがエラー紙幣として知られています。例えば2,000円札のJLエラーというものが有名です。
しかし印刷技術の向上著しい5,000円札では、エラー紙幣を市中で見かけることはほとんどありません。逆にエラー紙幣と称した偽物や加工品も多く出回っているのが現状です。

ですが記番号で見分けがつく珍番号であれば、専門的な知識がなくても価値ある5,000円札を見分けることが可能です。
まず5,000円札を入手したら、まずは記番号を確認するようにしましょう。

額面通りの5,000円札は銀行か自分で使おう

5,000円札は、そのほとんどが額面通りの価値しかありません。
ではこうしたプレミアのつかない5,000円札はどうするのが良いんでしょうか。

現行の紙幣ですので、もちろん買い物で使えます。
ですが聖徳太子の5,000円で支払をしたら、お店の人も困ってしまいますよね。
そうなると樋口一葉5,000円札は自分で使い、それ以外の5,000円札(聖徳太子/新渡戸稲造)は、銀行や郵便局で換金するのが一番の選択肢になりそうです。

価値のある5,000円札は買取で換金

では額面以上の価値のある5,000円札は、どうするのがよいでしょう。
せっかくの価値ある5,000円札、そのまま使うのはもったいないですよね。
5,000円以上の価値を引き出すためには、何かの方法で換金することになります。

ところで換金の方法、どんなものが思い浮かびますか。
最近ですと、ネット上のオークションやメルカリ・ラクマなどのフリマサイトを真っ先に思いつくかもしれません。
確かにスマホだけで出品や取引ができるのは魅力の一つです。
ですがこういった個人間での取引は、慣れていない方ですと、思わぬ損をしたり、取引の際にトラブルとなることもあります。

低リスクで手間のかからない方法は、買取店専門店に買取依頼をすることです。

買取専門店ならば、直接持ち込んで査定してもらうことが可能です。
対面でのやりとりなので安心ですし、即日での換金もできます。

ですが、近くに店舗がない場合はどうでしょうか。
そこはご安心ください。最近では出張買取や郵送専門の買取店もあります。
特に郵送専門店のように店舗を持たない買取店ですと、お店のある買取店よりも高額になることもあります。
また高価での買取をご希望ならば、古銭に詳しい専門店に依頼するのが良いでしょう。
対面でなと心配という方は、出張買取が良いかもしれません。

このように買取専門店でしたら、持ち込み、郵送、出張買取など、ご自分のニーズに合った方法が選べます。
価値のある5,000円札をお持ちでしたら、ご利用を検討してみてください。

以上、5,000円札の種類とその価値についてお伝えしました。
お財布の中の5,000円札、使う前に一度チェックしてみてはいかがでしょうか。
そして価値のある5,000円札を見つけたら、ぜひ査定をご依頼くださいませ。

アンティーリンクでは、郵送での査定、またLINEでの事前査定も承っております。
昔の5,000円札だけでなく、お手持ちの古銭や古札など、お気軽に査定依頼ください!