古銭の買取実績
貿易銀 明治8年 PCGS(Cleaned-UNC Detail)[大分県大分市]
こちらは明治8年の貿易銀ですが、アメリカのコイン評価機関PCGSによって評価され、特別なケースに収められています。この銀貨にはPCGSの70段階の点数評価は受けられず、「Cleaned-UNC Detail」と記されています。これは、コインが適切でない方法でクリーニングされたため、本来の価値が損なわれていることを意味します。
新1円銀貨 明治21年 PCGS(MS64)[大分県大分市]
こちら新1円銀貨(新一円銀貨)ですが、アメリカのコイン評価機関PCGSがグレーディング評価をした特殊なケースに入っています。
PCGSはコインの状態を70段階で評価しますが、こちらは64点の評価でした。点数は高い方が高い評価ということになります。
鳳凰50銭銀貨 昭和13年[群馬県前橋市]
鳳凰が描かれた小型50銭銀貨 (小丸50銭銀貨)ですが、発行年最後となる昭和13年は極端に発行枚数が少ないため、プレミア価値が生まれています。
最も発行の多かった大正12年には2億枚近く発行されましたが、昭和13年はわずか360万枚ほど。
こちらの近代銀貨のほかに、竜50銭や旭日竜20銭など、計10点の鑑定・買取をさせていただきました。
新寛永銭 島屋文(無背)[宮崎県宮崎市]
寛永通宝(寛永通寶)のなかでも「新寛永銭」に分類され、さらに「島屋文」と呼ばれる特徴的な書体を持ったもので高額での買取となりました。
寛永通宝や永楽銭など含む穴銭およそ760gのなかから、島屋無背1枚、難波銭 高頭通の母銭1枚が見つかりました。
桐1銭青銅貨 大正8年 打刻エラーコイン[石川県金沢市]
打刻エラーは、硬貨の製造過程で発生するエラーコインの一つです。
通常は造幣局の検査で発見され処分されるため、希少ではありますが、こちらの桐1銭銅貨の時代はまだまだ製造技術や管理体制も整っておらず、こうしたエラーコインはしばしば確認されます。
安政一分銀 玉一[鳥取県米子市]
安政一分銀(新一分)の「玉一」と呼ばれる手替わり品です。
「玉一」とは、表面にある「一」の字の書き終わりの部分に「玉」が付いたように丸い点があるものを指します。
希少性があり、高額買取させていただきました。
貿易銀 明治8年 短支脈[兵庫県明石市]
明治8年の貿易銀で、「短支脈」と呼ばれる手替わり品です。
短支脈とは、コイン左下の一番大きな桐葉の支脈を確認します。
短支脈は、3本の支脈の位置がズレていて、1つ1つの支脈が短いという特徴があります。
新寛永通寶 島屋無背(石巻市の古銭買取)
寛永通宝(寛永通寶)の島屋無背です。
通常の寛永銭は、「通」の字の甬の頭の部分が「マ」に似ていますが、島屋文は「ユ」に似た形をしているため、区別しやすいです。島屋は京都の鋳造場の地名とされていますが、京都以外でも鋳造された記録があるため、その名前の由来はまだはっきりしていません。
明治二分金[島根県出雲市]
明治二分判金(明治二分金、止メ分)です。
保存状態が非常に良く、製造時の状態がきちんと残されているため、「極美品」評価での買取させていただきました。
このほかにも一分銀や二朱金など、計13点の鑑定・買取をご依頼いただきました。
細倉当百[兵庫県姫路市]
細倉当百(ほそくらとうひゃく)は、1863年(文久3年)に、今の宮城県栗原市にあった仙台藩の細倉鉱山で作られた大型の鉛銭です。幕末のころに地方で使われていたお金の一つで、主に鉱山の中で使われたり、職人さんたちの給料として支払われたりしていました。
細倉当百の裏側にある「秀」という文字には、藤原秀衡という人物の時代に、東北地方でたくさんの金が採れたことにあやかりたいという、鉱山で働く人たちの願いが込められていると考えられています。
万延大判金(のし目打ち)元書[大阪府豊中市]
のし目打ちの万延大判金で、鑑定結果:元書 のため、超高額買取となりました。
元書きとは、鋳造当時のままの墨書きが残っている状態のことをいいます。
この他小判含めて2点の鑑定・買取のご依頼でした。
天保二朱金[福島県いわき市]
天保二朱判金(古二朱)です。
やや摩耗とくすみが見られるため、評価は「美品」。
こちらのほかにも古金銀を合計39点鑑定・買取をさせていただきました。