中国古銭の買取実績
中国古銭の買取実績を新着順にご紹介します。実際に買い取らせて頂いた咸豊通宝や円肩方足布など中国古銭の実際の買取金額、日付、地域とコメントを載せています。
ぜひ、売却の際の参考にしてください。
■中国古銭(穴銭・古文銭)の買取価格一覧表
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咸豊通宝 当五百 銀座から
咸豊通宝(かんぽうつうほう)は、清朝第9代皇帝・咸豊帝の治世(1851年〜1861年)に発行された銭貨で、中国の古銭の中でも種類が非常に豊富なことで知られています。この貨幣は、清朝政府が財政難に対応するために多額面貨を大量に鋳造した時期に登場し、銅、鉄、鉛など様々な素材で作られました。
表面には「咸豊通宝」と刻まれ、裏面には鋳造を担当した造幣局の名称や額面が漢字や満州文字で表記されており、「当五」「当百」「当千」など額面の違いによって大きさや重量が大きく異なります。これにより、同じ「咸豊通宝」でも見た目や価値が大きく異なります。
太平天国 背:聖宝 欠けあり 大阪のお客様から
「太平天国 背・聖宝」銭は、清朝末期の民衆反乱政権「太平天国(1851年~1864年)」が独自に鋳造した銅銭の一種です。この銭の表面には「太平天国」、裏面には「聖宝」の文字が刻まれており、当時の太平天国による経済政策や思想が反映されています。
この貨幣は形状としては清朝の通常銭と同様、円形で中央に方孔があるもので、サイズや文字の配置(縦書き・横書き)には複数のバリエーションが存在します。書体にも楷書や篆書などが使われ、多様性が見られます。
太平天国は中央集権的な統制経済を導入しており、「聖庫」と呼ばれる国庫制度を通じて財貨や農産物、金銀などを一元管理しようとしていました。この貨幣もそうした制度の一環として発行されたものであり、太平天国領内での流通を目指していました。
しかしながら、太平天国銭はその経済圏以外では信頼性に乏しく、都市外部の商人や庶民の間では依然として清朝の貨幣が主に使用されていたため、実際の流通量は限られていたと考えられています。
現在では、この「太平天国 背・聖宝」銭は希少価値のある歴史的資料として収集家の間で注目されています。鋳造地やバリエーション、現存数によっては極めて高値で取引されることもあり、歴史的・文化的価値の高い古銭です。
中国 パンダ金貨 1988年(1/4オンス) *茨城県古河市
遺品整理のタイミングで弊社へ査定のご依頼をいただきました。
古銭や指輪等の金製品がたくさんあって、売却を検討しているとのことで、出張買取に伺わせていただきました。
袁世凱1ドル銀貨 函館から
袁世凱1ドル銀貨は、1914年(中華民国3年)に発行された銀貨で、当時の国家主席・袁世凱の左向き肖像が刻まれており、中国全土で流通させるための統一通貨として発行されたことから「袁大頭(ユエンダートウ)」の愛称でも親しまれ、現在ではその歴史的価値と希少性から、コレクター市場で高い人気と価格を誇るアンティークコインです。
延喜通宝 立川市のお客様から
延喜通宝(えんぎつうほう)は、平安時代の907年(延喜7年)に日本で作られた古いお金です。銅で作られていて、真ん中に穴が空いた丸い形をしています。表には「延喜通宝」と書かれており、中国のお金「開元通宝」をまねて作られたとされています。
この時代、日本では「皇朝十二銭(こうちょうじゅうにせん)」と呼ばれる12種類の銅貨が順番に発行されていましたが、延喜通宝はその中の11番目にあたります。
国は、こうしたお金を使って経済を安定させようとしましたが、延喜通宝が発行されたころには銅の質も悪くなっており、あまり長く使われることはありませんでした。
現在では、延喜通宝は古銭としてコレクターに人気があり、状態の良いものは数千円から数万円で取引されることもあります。日本の貨幣の歴史を知るうえで、貴重な資料となっています。
パンダ銀貨
こちらは、1983年に中国人民銀行より発行された「シルバーパンダ銀貨」です。表面には北京の天壇(祈年殿)が描かれ、裏面にはパンダのデザインが施されています。このコインは純度90%(銀900/1,000)、重さ27g、直径38.6mmの仕様で、プルーフ仕上げにより鏡面のような美しい光沢が特徴です。
買取価格 |
380,000 円 |
買取日 |
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カテゴリー |
中国古銭の買取実績 |
エリア |
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袁世凱中圓 広島のお客様から
袁世凱の中圓(ちゅうえん)」は、中華民国初期の1914年(中華民国3年)から発行された銀貨で、袁世凱の肖像が描かれた貨幣です。当時の中国で広く流通していた代表的な銀貨のひとつです。今回の古銭まとめの中に含まれておりましたので、適正な評価を行い、価格をお付けいたしました。
中国 銀錠 「沖縄県のお客様から」
銀錠は、中国で使われていた銀の塊の貨幣です。元・明・清の時代に流通し、商取引や納税に使われました。
形は船のような元宝(げんぽう)や長方形・楕円形のものがあり、価値は重さ(両)で決まります。銀錠には鋳造地や発行者、重量、銀の純度を示す刻印が入っています。
現在ではコレクターや投資家に人気があり、状態や刻印によって数万円~数十万円の価値がつくこともあります。特に政府発行のものは希少で高額になります。
銀錠は、中国の歴史を感じられる貴重な貨幣です。
三字刀「東京都港区のお客様から」
三字刀(さんじとう)は、中国の戦国時代(紀元前475年~紀元前221年)に流通していた貨幣の一種で、刀の形をした青銅製の貨幣です。その名の通り、表面に三つの漢字が刻まれているのが特徴で、主に発行地や地名を示していました。
台南官銀票(千葉県船橋市のお客様から)
莫大な軍事費のため、公紙幣の発行が提案され、 光緒21年7月の臺南「台湾」で発行されたとても大きい紙幣になります。その大きさ約25×13.5㎝です。
咸豊通宝 宝福局 [福島県]
咸豊銭の中でも人気の局になります。
状態も良く15万円でのお買取りになりました
袁世凱中圓銀貨(京都市右京区のお客様からです)
袁世凱の硬貨でも稀な中圓です。袁世凱1円の半分の値段として使われていました。綺麗ですので85,000円での買取になりました。
中国古銭 花銭 八卦図 / 背生肖十二支図
日本では絵銭と呼ばれますが、中国では花銭と呼ばれる類のもので、
形はお金を模していますが、貨幣として使われたものではなく、縁起物や装飾として使用されてきたものになります。
このほかにも近代銀貨や中国古銭など、15品目の鑑定・買取をさせていただきました。
中国古銭 咸豊元宝 當百[長崎県長崎市]
こちらは咸豊元宝 宝蘇局 当百で、
中国・清朝時代に、宝蘇局(現在の中国江蘇省蘇州市に位置していた貨幣鋳造所)でつくられた銅製のお金です。
当百というのは額面の価値です。現在でいう100円とかそういうものです。
現存枚数が少なく、綺麗な状態で残っているものはさらに少なくなるため、高額買取となります。
咸豊通宝 宝福局 当五十 「 広島県のお客様から」
咸豊通宝の当五十は中国で使われていたお金でコレクターから絶大な人気をえています。中でも宝福局は人気で高値で取引されています。
中国古銭・絵銭「指日高升」と「魁星点斗」の図案が刻まれた花銭[東京都大田区]
「指日高升」とは、「太陽が高く昇る」という意味で、そこから転じて「昇進が間近に迫っている」という意味で、中国で使われる慣用句です。
「魁星点斗(かいせいてんとう)」は、中国の伝説における神話上の存在で、特に古代中国で役人を登用する試験を司る神として知られています。
日本では決して知名度の高いものではありませんが、中国では人気が非常高い逸品です。
中国古銭・河南省 洪武通宝 背十豫[高知県四万十市]
中国 河南省で作られた洪武通宝ですが、ポイントは裏面。「十豫」とあります。
「十」はこのお金の額面金額で、「豫」は国文明の発祥地とされる河南省の略称です。
こちらの中国古銭のほかにも、中国銀貨やチベットコインなどたくさんの海外コインの鑑定・買取をご依頼いただきました。
中国古銭 清朝銭[奈良県橿原市]
中国清朝の「咸豊重宝 宝泉局 当五十」です。
この他にもう1点、中国穴銭の鑑定・買取をさせていただき、どちらも本物、美品価格以上の高額買取となりました。
中国古銭「咸豊元宝 宝泉局 当百」[奈良県橿原市]
珍しい中国古銭の買取です。
こうした中国の穴銭は、戦争で兵器にするためにたくさんの銅銭が溶かされたため、大きなサイズのものになればなるほど希少性が高いです。
また、こちらは状態も綺麗であったため、高額買取となりました。
光緒元寶(愛知県名古屋市のお客様から)
江南省で作られ、光緒時代の中国で使われていた銀貨です発行枚数も少なく人気な硬貨になります。
光緒元寶 江南省造(七銭二分)
全体的に摩耗が見られ、チョップ(両替商印)があるため、価値がやや下がってしまいます。
・買取価格:35,000円
咸豊重宝 宝泉局 当十[新潟市新発田市]
咸豊重宝 宝泉局 当十です。
状態”並品”として買取させていただきました。
光緒元寶 広東省造(七銭二分)[鹿児島県鹿児島市]
中国清朝時代の1890年頃に広東省で発行された銀貨です。
全体的な傷、大きな傷も見られるため、並品- の評価で買取させていただきました。
・買取価格:10,000円
光緒元寶 広東省造(七銭二分)[京都府右京区]
中国清朝時代の1890年頃に広東省で発行された銀貨です。
・買取価格:15,000円
光緒元寶 四川省造(七銭二分)[愛知県豊田市]
中国清朝時代の1890年頃に四川省で発行された銀貨。
全体的に強い磨き、摩耗、傷が見られるため、状態:並品- で買取させていただきました。
・買取価格:20,000円
大観通宝 当10 「千葉県からのお客様から」
大観通宝は、北宋時代の皇帝・徽宗(きそう)の時代に作られたお金(銅銭)です。徽宗は芸術を愛した皇帝で、自分の特別な書体「瘦金体(そうきんたい)」でこの銭の文字を書いたとされています。そのため、大観通宝の文字は細くて美しく、独特のデザインが特徴です。その中でも一際大きいサイズがあります。
咸豊通宝 宝福局 当五十 「仙台市のお客様から」
「咸豊通宝(かんぽうつうほう)」は、中国の清(清朝)という時代に作られたお金です。このお金は、清朝の咸豊帝という皇帝が治めていた1851年から1861年の間に作られました。
このお金には、表に「咸豊通宝」という文字が書かれています。また、裏側にはどこの地域で作られたかを表す文字があり、漢字や満州文字で記されています。主に銅で作られていますが、時期によっては鉄や鉛が使われたものもあります。
その中でも 宝福局 が人気で非常に高値で取引されております。
光緒元寶 北洋造(七銭二分)34年(山梨県甲府市)
光緒元寶 北洋造(七銭二分)は、清朝・光緒帝の治世下に直隷省(現在の河北省)で鋳造された銀貨です。
こちらは34年銘でしたので、1908年(光緒34年)に発行されたものになります。
全体的に傷が見られ、並品 の評価での買取となりました。
・買取価格:28,000円