

年代: 天徳2年
西暦: 958年
素材: 銅・鉛
※皇朝銭は状態や書体、組合鑑定書の有無によって買取金額が大きく変動いたします。
乾元大宝(乹元大寳、けんげんたいほう)は、958年(天徳2年)に、日本で鋳造、発行された銭貨です。
皇朝十二銭の最後に鋳造されました。
目次
乹元大宝(けんげんたいほう)の品位を測定してみました!
乹元大宝はどんな素材でできているのでしょうか?弊社の品位測定器で計測してみました。
すると以下のような結果になりました。
元素記号が並んでよく分からないかと思うので、それぞれどんな元素なのかをまとめてみました。
- Pb(鉛):69.6 %
- Os(オスミウム):19.5 %
- Ir(イリジウム):4.1 %
- Cu(銅):3.10 %
- Au(金):0.70 %
- Ag(銀):0.68 %
- Rh(ロジウム):0.48 %
- Fe(鉄):0.45 %
- In(インジウム):0.32 %
- Pd(パラジウム):0.31 %
- Mo(モリブデン):0.306 %
- Ru(ルテニウム):0.268 %
- Zr(ジルコニウム):0.258 %
なぜ鉛主体になったの?
乹元大宝の品位を測定してみると、鉛が主成分であることが分かります。なぜこのようになっているのか、歴史的背景に迫っていきましょう。
銅資源が不足したから
奈良時代初期に作られた和同開珎は、銅を主体にしていましたが、9世紀以降、国内の銅山は産出が減少し、輸入銅も不安定になりました。そのため、貨幣に必要な銅を確保するのが難しくなって、乹元大宝は鉛主体で作られたと考えられています。
ではなぜ、鉛が選ばれたのか?
銅資源が不足して、別の素材で作る必要がありましたが、なぜ数ある素材のなかでも鉛が選ばれたのでしょうか?
鉛には、下記のようなメリットがあるため、鉛が選ばれたと考えられています。
- 融点が低く鋳造しやすい
- 安価で入手しやすい
ただ、下記のようなデメリットもあるので、現存する乹元大宝は、文字が読みづらかったり、綺麗な外観を保ったままのものは非常に珍しいです。
- ただし柔らかく摩耗しやすい
- 腐食しやすく外観が劣化する
こうした理由から後期の貨幣は鉛主体となり、乾元大宝もその典型例でした。しかしその通用力は弱く、人々に信用されなかったため、皇朝十二銭はこの貨幣を最後に終焉を迎えることになります。
オスミウム(Os)やイリジウム(Ir)が検出された理由
品位測定でOs 19.5%、Ir 4.1%という結果が出ていますが、この結果は非常にびっくりしました。なぜなら、当時これらの金属が意図的に含められる可能性は非常に低いからです。
オスミウム(Os)やイリジウム(Ir)ってどんな金属なの?
オスミウム(Os)やイリジウム(Ir)は、白金族金属(PGM)という種類の金属で、下記のような理由から、乾元大宝が発行された当時に扱えるものでなかったと言えます。
- OsやIrは地殻中で非常に希少
- 高融点で古代技術では扱えない
- 古代日本では存在すら知られていなかった
じゃあ、なぜ検出された?
オスミウム(Os)やイリジウム(Ir)が、乾元大宝から検出されたのはなぜかというと、品位測定を行った際に、干渉ピークにより誤帰属が発生したためと考えられます。
XRF分析は元素の特定エネルギーを読み取りますが、鉛の強いピークがOsやIrと重なることがあるため実際には存在しない成分が「ある」と表示されることがあるのです。
複製品にOsやIrを混ぜる可能性は?
こうなると、偽物ではないか?という疑いも出てきますね。
ただ、下記2つの理由から、近代の複製品としてOsやIrをわざわざ混ぜる可能性は極めて低いと言えます。
- 融点が非常に高く、鉛や銅との合金化は困難
- 非常に高価で、模造品に使うのは経済的に不合理
よって、乾元大宝の複製品にOsやIrが混ぜられた可能性はほぼゼロであり、検出結果はXRFの分析特性による誤帰属と考えるのが妥当です。
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