伊藤博文の千円札はいつまであった?1000円札が語る日本の歴史
手元に伊藤博文の千円札がある方や、お札の歴史に興味がある方などはぜひ参考にしてください。
目次
伊藤博文の千円札はいつからいつまで発行された?
伊藤博文が描かれた千円札は、1963年(昭和38年)11月1日から1986年(昭和61年) 1月4日まで発行されていました。
ここにテキスト約20年間にわたり流通した紙幣です。発行開始の理由は偽造防止のためです。
伊藤博文の千円札の前のものは、戦前からの印刷技術や紙幣製造設備を使ったものでした。そのため、印刷技術の向上による偽造が多発。特に有名な事件には、1961年から1963年の連続偽札事件のチ-37号事件があります。
伊藤博文の千円札には、その当時の新しい紙幣製造設備がフル活用されました。新しい印刷技術や偽造防止技術が使われていたのです。
伊藤博文は何をしたの?千円札に採用された理由
伊藤博文は、近代日本の基礎を築いた政治家として知られています。
伊藤の多岐にわたる功績は、千円札の肖像に選ばれた理由でもあります。主な業績を見ていきましょう。
日本初の内閣総理大臣
伊藤博文は1885年(明治18年)から1888年(明治21年)まで、日本初の内閣総理大臣を務めました。
その後も、1892年(明治25年)から1896年(明治29年)、1898年(明治31年)、1900年(明治33年)から1901年(明治34年)と、計4回総理大臣に就任しています。
在任中は、近代化政策を強力に推進しました。 特に、欧米の政治制度や法律を日本に導入し、近代国家としての体制を整えることに集中しました。
伊藤の功績は、日本の政治システムの基礎を築いたのです。
大日本帝国憲法を作った
伊藤博文の最大の功績の一つが、1889年(明治22年)に公布された大日本帝国憲法の制定です。
この憲法により、日本は立憲君主制国家となりました。
伊藤は憲法起草のためにヨーロッパに渡り、各国の憲法を研究しました。そして、ドイツ人顧問のロエスレルたちのアドバイスを受けながら、大日本帝国憲法を作りました。
大日本帝国憲法は、日本の伝統と西洋の近代的な統治システムを組み合わせた、独自の憲法です。
この憲法は、明治時代から第二次世界大戦終結まで、日本の基本法として採用され続けました。
明治維新の実現に貢献した
伊藤博文は、若い頃から明治維新の実現に大きく貢献しました。 特に、尊王攘夷運動において重要な役割を果たしました。
1863年(文久3年)には「長州ファイブ」と呼ばれる、井上馨、遠藤謹助、山尾庸三、井上勝らと共にイギリスに密航。西洋の近代文明を学んだ経験が、伊藤の国際的な視野を広げ、後の近代化政策に大きな影響を与えました。
また、長州藩の若手として薩長同盟の締結にも関わり、明治維新で重要な役割を果たした薩長連合の成立に貢献しました。
伊藤博文の千円札はどんなデザイン?
伊藤博文の千円札は、日本の近代化を象徴するデザインとなっています。
表面と裏面、それぞれに込められた意味を見ていきましょう。
【表面】伊藤博文と明治の精神
表面には伊藤博文の肖像が大きく描かれています。
当初は聖徳太子や渋沢栄一の案もあったそうです。
聖徳太子は当時の一万円や五千円券で既に使われており、渋沢栄一は偽造防止のためのヒゲがなかったため不採用になりました。最終的には、近代日本の基礎を築いた伊藤が選ばれました。
表面の地模様には、中央に宝相華模様と法隆寺所蔵の「橘夫人念持仏厨子」の光背が使われています。また、左上や右側に桜の花が描かれたデザインです。
【裏面】日本銀行本店本館
裏面には日本銀行本店本館が描かれています。
この建物は、聖徳太子のC五千円券(1957年〜1986年発行)にも描かれています。2つの違いは、描かれている要素です。
伊藤博文の千円札では、前庭の樹木や建物の窓の様子、屋上の通信用アンテナなどより詳細に描かれています。また、従来のお札にある枠がなくなり、開放感のある構図になっています。
伊藤博文だけじゃない!千円札の歴史
千円札の歴史は、伊藤博文の登場以前から始まっています。以下に、伊藤博文も含めた千円札の変遷を簡単にまとめました。
甲号券1945年(昭和20年)~1946年(昭和21年)日本武尊
種類 | 発行期間 | 肖像の人物 |
B号券 | 1950年(昭和25年)~1965年(昭和40年) | 聖徳太子 |
C号券 | 1963年(昭和38年)~1986年(昭和61年) | 伊藤博文 |
D号券 | 1984年(昭和59年)~2007年(平成19年) | 夏目漱石 |
E号券 | 2004年(平成16年)~現在も発行中 | 野口英世 |
F号券 | 2024年(令和6年)~現在も発行中 | 北里柴三郎 |
この表からもわかるように、千円札は時代と共に進化してきました。
それぞれの時代の社会情勢や経済状況を反映しながら、デザインや偽造防止技術が更新されてきたのです。
伊藤博文の千円札はまだ使える?
伊藤博文の千円札は、現在でも法的には有効な通貨です。
しかし、実際の使用には一定の制限があります。詳しく見ていきましょう。
現在の取り扱い状況
伊藤博文の千円札は、理論上はまだ使用可能です。しかし、現実には使用が難しくなっています。
その理由は、多くの店舗や自動販売機が最新の紙幣にのみ対応しているためです。
また、偽造防止の観点から、 古い紙幣の受け取りを拒否するケースも増えています。
銀行での交換手続き方法
伊藤博文の千円札は、銀行窓口で新しい千円札と交換することができます。
また、日本銀行の本支店でも交換が可能です。交換に手数料はかかりません。
ただし、古い紙幣の中には、コレクターズアイテムとして額面以上の価値がつく可能性もあります。交換前に古銭の専門家に相談するのも良いでしょう。
価値があるものは売れる可能性もある
前述しましたが、伊藤博文の千円札の中にはコレクターにとって価値のあるものが存在します。
特に、製造番号が珍しいもの (ゾロ目や連番など)や、かなり状態の良いものは高値で取引されることがあります。また、初期のものや束になっているものなども、その価値が注目されることがあります。
千円札の伊藤博文は近代日本の設計者
伊藤博文の千円札は、1000円という通貨以外の意味も持っています。近代日本の基礎と現代を生きる私たちの責任を象徴しているのです。
今では伊藤博文の千円札を日常的に目にすることは少なくなりました。手元に伊藤博文の千円札をお持ちの方は、それが歴史的な価値を持っている可能性があります。
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